気まぐれ日記 09年6月

09年5月はここ

6月1日(月)
「忙中忙ばかり・・・の風さん」
 朝食を摂っていると、いつもシルバーがうるさい。私のホットミルクを狙っているのだ。老老相憐れむ仲なので、出かける前に、私のカップの底に残ったやつを与えるのだが、電子レンジで温め直してやることにしている。それが、今朝はしこたま熱くなってしまった。
 とても猫とは思えぬ舌を持つシルバーは、それでも平らげてしまう。
 新聞を読んでいるときに、私の後ろでシルバーが妙な音を立てていた。
 悪い予感がして振り返ると、な、なんと、オシッ@をしてやがる! 
 慌ててフローリングの床に新聞紙を敷くやら、シルバーの濡れた足を拭くやらしたが、結局、ワイフがシルバーを風呂場へ運んだ。
 天気も好いので、電車で出社することにした。
 「きゃー、洗ってやってるそばからウ@チしてる〜」
 風呂場からワイフの悲鳴が聞こえてきた。
 昨日で、英語の猛勉のピークが去ったので、今日は上野先生の『円周率πをめぐって』(日本評論社刊)を携行した。電車の中で読み始めたが、けっこう本格的。すぐに鉛筆が必要になった(笑)。会社バスの中でも出発まで読み続けた。
 昼休みも続きを勉強したが、頭が痛くなってきたので、最後の10分は仮眠に使った(笑)。
 朝の職場の集会で新刊『円周率を計算した男』の宣伝をした。数冊売れそうな反応があった。難しい本ではないのだが、最初から抵抗のある人が多過ぎる。こういった世の中を変えて行くのが、私の使命でもある。
 『円周率を計算した男』と言えば、主人公は建部賢弘(たけべかたひろ)である。その子孫の方々は今でもたくさん活躍されている。その中に、大学の先輩でもある方がみえて、新刊が出るたびにそれをお送りしている。今日、そのお礼に、名物のお菓子が届いた。お菓子博士を自認するワイフが、包みを開けない前から中身を当てた。恐ろしい。
 先日めぐり合った小野友五郎の子孫ご一家が、無事、咸臨丸子孫の会に入会できた。
 今度の土曜日に、用事でお目にかかる機会がまたあるので、咸臨丸子孫の会の頭取(会長)と出かけて来ようと思っている。
 7月11日(土)のジュンク堂大阪本店でのトークセッションが決まった。こちらも準備を開始しなければ……。何とも忙しい鳴海風だ。おっと自分のことか(笑)。

6月2日(火)「やり過ぎがすご過ぎへ・・・の風さん」
 今日は朝が早いのでミッシェルで出社。夕方から天気が下り坂、というのも気になる。
 終日、会議の連続となった。
 それでも、昼休みに上野先生の本で数学の勉強をしていたら、来客があった。お得意様である。作家の裏話を少ししてあげたが、はたして面白い話だったかどうか。
 最後の会議が終わったところで、疲労困憊してしまった。
 帰宅し、夕食を終えてから、いよいよトークセッションの準備に着手した。
 今夜は、スライドの準備の前に、小道具作りである。
 最初に、記念品となるカード作り。美術的な価値も必要だが、こういった作業は、実は得意である。ほぼ満足できるものが出来上がった。
 もう一つ、大道具になるものを作ろうとしたが、これはちょっと当てが外れた。当てにしていた道具が家になかったからだ。これは作戦変更。明日へ持ち越しだ。
 入浴後、仕事を終えて庭のログから戻ってきたワイフに記念カードを自慢げに見せた。
 「すご過ぎるぅ〜」
 期待通りの反応がかえってきたので、心の中でガッツポーズ。

6月3日(水)「また、いつものパターン・・・の風さん」
 二日連続寝不足になってしまったので、もう限界だった。
 止むを得ずミッシェルで出社して、午後一番の会議まで突っ走って(昼休みもへろへろ状態)、あえなくダウン。
 夕方まで体調を整えて、退社後、ホームセンターで事務用品を大量に購入。トークセッションの小道具に使うのだ。
 夕食後、やっとスライド作成に着手。とりあえずデータは集めたが、整理するだけの知力がもうなかった。今夜は早めに寝るしかない。
 明日、また有休をとって準備することにした。
 結局、三足のワラジは無茶で、体を酷使し、しょっちゅうダウンし、会社ではできないので、会社を休んで準備するしかないのだ。これで、何とか来年3月までもてばいいのだが……。

6月4日(木)「徹夜ではないものの・・・の風さん」
 明日のトークセッションの準備を昨夜頑張ったが、ひと晩で仕上げるのはやはり無理だった。
 起床して会社へ電話し、有休にすることを伝えた。幸い、大きな会議は設定されていなかったので、皆への迷惑は最小限になるではなかろうか。
 終日準備に充ててよいとなると、作業は緻密度を増し、徹底される。
 午前中、建部賢弘関連資料の探索をした。10年以上も建部賢弘について書いていないので、集めた資料がどこにと)あるのか分からなくなっていたのだ。実際、この作業に午前中いっぱいかかってしまった。
 トークセッションはジュンク堂書店内でおこなわれるので、当然のことながら、私の本が販売される。たくさん売れないと恥ずかしいことになる。人気作家でないのはもちろん、私は無名作家である。トークセッションを聞きに来てくれる人たちの多くは知人で、既に本を持っている可能性も高い。こうなると、トークセッション後の販売不振は火を見るよりも明らかである。そこで、一計を案じた私は、トークセッションと新人物文庫創刊を記念した美しいカードの作成を思いつき、これを拙著を買ってくださった方へのお礼としよう(逆に言えば、カードをえさに拙著を買ってもらおう)と思ったのである。
 ところが、カードの作成を失敗した私は、また印刷用のカードを買ってくる必要があった。
 その購入ついでに、ワイフとランチに出かけた。
 たっぷりエネルギーを補給し、買い物も終えた私は、午後も準備を継続した。
 こうして、次第に天気が下り坂になる中、夢中で準備を続け、すべて終了したのは、深夜1時過ぎだった。やはり、今日の有休は絶対必要だったのである。

6月5日(金)「東京雨男・・・の風さん」
 全く計画通り、午後5時半にジュンク堂新宿店に着いた。外は雨なので、地下道を通ってたどり着いた。東京雨男になっているのも、計画通りかもしれない(笑)。
 6階の理工書フロアでエレベータを降りると、担当してくれているNさんがすぐ目の前にいた。
 なんと手押し台車に私の本が山積みされている!
「40人以上の予約が入っていますよ」
「今日だけで3人もキャンセルの連絡があって心配していました。でも、知人ばかりだから、本が売れるかどうか不安です」
 そんな会話をしながら8階の喫茶室へ向かった。
 既に喫茶室は閉店し、トークセッションの準備に入っていた。
 四十肩でワイフが来れなかったので、手伝いをお願いしていた新鷹会の後輩のHさんが到着し、早速、掲示物の準備を開始してもらった。
 パソコンをセットし、今回のトークセッションのテーマになる新人物文庫『円周率を計算した男』30冊にあらかじめサインし、記念のカードをはさみこんだ。完売するだろうか。
 控え室で小休憩後、再び喫茶室へ行くと、知人が続々とやってきた。お願いしてあった上野先生もみえた。上野先生が来てくれれば、専門的な数学の質問が出ても安心だ。
 そうこうしているうちに、本当に40人くらいのお客でいっぱいになってしまった。
 昨夜の睡眠時間が4時間もなかった私は、へろへろの絶不調で、それでも必死にトークを終えた。
『円周率を計算した男』に関係する資料をどっさりと持参したので、それを見せることができたのが、せめてもの私のトークの力不足分の穴埋めだった。
 終わってからも、挨拶にみえる方が多く、その対応に全力を尽くした。けっこう出版社の人がいて、次はよろしく、といった感じだったが、今の私にはとてもとても、というのが本音だ。しかし、もし運良く生きていたら、いつかは期待に応えねば。
 その後、出版社の人や上野先生と近くのてんぷら屋で食事し、さらに居酒屋で2次会もやって、午前1時ころホテルに帰って寝た……が、飲み過ぎて気持ち悪かった(笑)。

6月6日(土)「東京雨男、名古屋へ帰る・・・の風さん」
 昨夜の大仕事の疲労で熟睡できるかと思ったが、けっこう朝早くから目が覚めた。老化現象かもしれない。危険危険。
 ホテルをチェックアウトし、本郷の東大へ向かった。相澤先生にお願いしてあった「維新とフランス」展の図録を受け取るためである。
 たくさんの荷物を抱えているのに、今日も雨でうっとうしい。
 安田講堂横の工学部2号館前で、咸臨丸子孫の会の小林頭取と落ち合った。
 教授室で1時間ほど歓談し、近くの、下町にふさわしい店構えの蕎麦屋でお昼を食べながら、また歓談した。つい数ヶ月前まで想像もしていなかった幕末の世界に引きずられてしまった先生だが、これからきっとはまってしまうに違いない。
 予定通り、のぞみのグリーン車で帰名したが(エクスプレスのポイント使用)、N700系の車両だったので、とっても豪華で便利で快適で、ずっとアシュレイ(モバイルパソコン)で仕事をしていた。
 東京は雨だったが、名古屋は晴天だった。
 
6月7日(日)「平和な1日・・・の風さん」
 目覚めてカーテンを開けたら、青空だった。
 午前中は読書に専念しようと思って、雑用は明日以降に延期し、読みかけの本を読み始めた。
 ハイキングに最適と思われる天気でも、家の中でこういった地味な作業を続けるのは、作家の宿命だろう。 
 読書は思ったほど進まなかったが、昼食後、長男とゆっくり話をする時間がとれた。大学3年の長男もそろそろ社会に出たらどうするか考え出している。人生の先輩として、私にも伝えられることはある。
 今日は、二つのことについて、長男の考えを聞いてアドバイスした。一つ目は、やりたいことの意義というか真の目的をどのように考えるべきか、ということ。自分の満足で終わってしまうような目的では長続きしないから、そのことをよく考えるように話した。二つ目は、やりたいこととは別に、おとなとしての義務についてだ。日本人としてやらねばならないことがある、ということを具体例をたくさん引きながら説明した。
 これまであまり考えていなかった割に、意外と納得してくれたみたいで、先ず、今日のところは「良い滑り出し」を果たしたと思った。これから、こういった機会を何度か作っていこうと思う。
 長男と2時間以上も話し込んでしまったので、急いで準備してトレーニングをしに出かけた。久しぶりである。それでも、ほぼフルメニューをこなすことができた。気温が上昇しているせいか、五十肩もあまり問題にならず、マシンを渡り歩いた。
 帰宅してシャワーを浴びて、読書の続きを始めたら、やがて猛烈に眠くなってきた。何をするにもほどほどということができない風さんは、今日も自分の肉体に無理を強いたようだ。
 
6月8日(月)「10月のドイツが現実のものに・・・の風さん」
 帰りに給油する必要があったので、ミッシェルで出社した。
 朝の会議でいきなり重要課題が出現した。私が動くしかない! そういう課題である。
 電話してアポをとり、本社へ出張することになった。ミッシェルで出社していたので助かった。
 午前中に間に合って、某部署と打ち合わせ。その後、上司と会って状況報告し、支援を依頼した。ベストを尽くしたので、きっと望ましい結果が出るに違いない。
 製作所に戻るのに、初めての道路を探検してみた。ナビにものっていない新しい道路である。街中を通らないバイパスのようなルートが見つかった。一番嬉しかったのは、完成して日がないらしく、道路脇にまだほとんど電柱が立っていないことだ。見通しの良い田舎道が私は一番好きだ。
 ここで、全く別の話。
 会社のアドレスにドイツからメールが届いていた。10月の国際学会へ投稿したManuscriptのAccept通知である。自宅のアドレスに届かなかったので、学会のデータベースにアクセスして昨日確認したところAcceptされていることは分かっていた。しかし、届くはずのメールが届いていなかったのだ。
 とにかく届いてひと安心だが、査読者のコメントもついていて、なかなか厳しかった。改訂して再度提出する必要がある。13日のゼミのテーマの一つである。
 
6月9日(火)「楠木誠一郎さん、そろそろ発進か・・・の風さん」
 天気も好いし、出張でクルマを使うこともないので、電車で出社した。
 行きはとにかく読書。読まねばならない資料がわんさとたまっているので頑張った。
 昼休みもその読書の続き……と、突然、うら若い女性がそばに現れた! ケータイを取り出して、液晶画面を見せてくる。何だろう、と思ったら、この間プレゼントした「マ・メール(賞味期限切れ)」が見事に芽を出したという証拠写真だった。双葉に表れた文字は「おめでとう」だった。太古の時代の蓮の種から芽が出て花が咲くこともあるのだから、きっと大丈夫だろうと思っていたが、なかなか朗報が聞けず、少々焦っていた。とにかく、ホッとした。
 定時後すぐ退社して県図書へ行き、借りている本2冊の継続手続きをしてきた。やれやれ。アシスタントが欲しいのう(^_^)。
 しばらく鳴りを潜めていた超量産作家、楠木誠一郎さんから新刊が届き始めた。
 この間が『念写探偵 加賀美鏡介』(講談社ノベルス)だったが、今回は『闇からの挑戦状』(ジャイブ)。これは帝都少年少女探偵団シリーズの9冊目である。おお、これだけで私の著書の数を超えている(笑)。
 
6月10日(水)「知らぬ間に梅雨入り・・・の風さん」
 いつのまにか東海地方は梅雨入りしていた。そういえば、アジサイも咲いていたな。
 今日は会社で、夕方、面白くないことがあり、感情の爆発を抑えつつ、それを別の仕事のエネルギーに昇華させながら、何とか定時後まで頑張った。
 退社直前にケータイで自宅のメールの受信状況をチェックしたら、興味深いメールがたくさん届いていた。その中に、夕方誕生した感情の爆発エネルギーに関係するものがあり、もしかすると、良い意味でのエネルギー昇華あるいは変換になるかもしれないと思った。
 外へ出たら、雨が本格的に降っていた。そのときまで、全く気付いていなかった。会社生活とはある意味そういった側面がある。そうやって何十年も夢中で仕事している人たちがたくさんいるのだ。ちょうど65年以上も前に、戦場で多くの若者たちが死んでいったように。
 帰宅したら、めずらしく私を除く家族全員で夕食を囲んでいた。
 今夜は、早めに寝ることにしよう。

6月11日(木)「なんで今頃風邪?・・・の風さん」
 昨夜、冷房をつけたまま寝てしまったせいか、風邪をひいたようだ。少し頭が重い。そうこうしているうちに鼻水が出てきて、おまけにくしゃみを連発するようになってしまった。ほとんど花粉症である。幸い発熱はないので、新型インフルではなさそうだ。
 それでも午前中は本社で何とか仕事をこなした。
 午後から製作所へ戻って仕事に集中しようと……したが、ティッシュの山を築くばかりで、じぇーんじぇん駄目。未読メールの山を崩すのが精一杯だった。
 定時でさっさと退社した。
 最近開拓したバイパスルートを走った。すっごい田舎道で(ほとんど電信柱がない!)、走っていて楽しい。137000kmを超えたミッシェルがバテ気味なのが、ちょっと不満だが。
 
6月12日(金)「ワイフが変身か・・・の風さん」
 昨夜飲んだ風邪薬と花粉症の薬が効いたようだ。問題なく目が覚めた。しかし、念のために花粉症の薬を飲んでから家を出た。
 今日もミッシェルで本社へ。
 こまごました用事を済ませてから製作所へ戻った。
 このところオフィスが蒸し暑い。梅雨に入っているせいもあるが、経費節減で冷房を強くできないので、室内を熱風が循環しているだけで、かえって不快感が増し、気分がシャキッとしない。
 ところが、今日は何となく涼しい感じがした。コントローラーをチェックしたら、冷房でなくドライになっていた。これが効いていたのかもしれない。
 じゃあ、仕事をどんどん片付けるか、と意気込んだが、その後、会議が連続して、拍子抜けした(笑)。
 今日も空が明るいうちに退社できたので、田舎道を選んで帰宅した。
 家に入るとワイフが元気そうだった。接骨院から帰ったばかりというのもあるが、今日は会社のOG会があったという。かつての仕事仲間が集まって、果てしない井戸端会議をしてきたせいで、ストレスを発散できたらしい。女性とはいえ、戦友なのだ。
 そのワイフから驚くべき報告があった。なんと、私の新刊、新人物文庫『円周率を計算した男』をPRしてきたという! パチパチ……(拍手)。しかし、持って行ったのが1冊で、サインもなかったし、特別割引価格で提供するとも言わなかったので、そのたった1冊すら売れず……(拍手停止)。
 今夜は、明日のゼミの準備で忙しい。
 
6月13日(土)「ゼミの日も多忙・・・の風さん」
 早起きして、ゼミの準備の続きをした。
 CARV2009のためのManuscriptはAcceptされたが、Reviewer二人から注文がついている。この修正について大野先生と相談しなければならない。それから、Registrationの打ち合わせなど。
 そして、本来のゼミのための準備(英語の論文の下読み)をしておかなければならなかった。
 それらが出発直前というか昼食直前に完了したので、何とかおにぎり2個を食べて出発することができた。やれやれ。
 行きの電車では関連図書を読んだ。
 本山キャンパスの事務室に顔を出して、パソコンを借りるとともに、事務長(不在だった)に『円周率を計算した男』を贈呈した。それは、ついに3年連続して、大学院のパンフレットに登場させてもらったからである。さらに1冊をサンプルとして提出し、もう1冊、中国人留学生へのプレゼントとして事務室に預けた。
 ゼミの終了直前にケータイが鳴った。上野先生からで、関孝和研究所の開所式の記念講演でひと話してほしいというありがたい内容だった。またまた忙しくなるが、私でも役に立つと思ってもらえているのだから、これは絶対に期待に応えなければならない。時期は9月である。
 帰りの電車でも関連図書を読んだ。帰宅してから読了したが、これが今年やっと21冊目である。読まなければならない本はまだゴマンと残っている。

6月14日(日)「動物愛護も程度問題・・・の風さん」
 梅雨の真っ只中で、日中はけっこう暑い。
 今日は朝から執筆に取り組んだが、あまり進まなかった。
 夕方トレーニングに出かけ、2時間近く汗をかいたので、体重が0.7kg減った。脂肪を筋肉で置き換えていけば、きっと執筆のペースも上がるだろうなあ(笑)。
 夕暮れ時になると涼しい。庭のウッドデッキに出て、夕食前のアペリティフでも飲みたい気分だが、仕事がたまっているし、薮蚊に刺されそうで怖いから、そんなことはできない。
 この間、キッチンの窓の外にヤモリがへばりついていた。夜のことで、白い腹が異様だったが、4本の足それぞれに5本の指があって、思いっきり開いて吸い付いているのが滑稽だった。まるで雪の結晶か桜の花の紋章のような形だった。
 宅急便が届け物にきたが、外から敷地内に入れないと泣き言をいっていた。ワイフが確認すると、玄関に大きな蛇がとぐろを巻いていたそうで、さすが動物愛護支援団体を標榜する我が家だけのことはあると胸を張りたくなった。
 今日もシルバーがいつどこで粗相をするか、ハラハラドキドキしながら過ごしている。
 
6月15日(月)「病人の1日・・・の風さん」
 爽やかな陽気の中、目覚めた……と言いたいところだが、昨日の朝から喉が痛い。風邪をひいたわけでもないのに、喉の奥がヒリヒリする。それで、夢遊病者のように書斎へ行って、のど飴をしゃぶってまたベッドに横になるという、ちょっと怪しい行動を二日続けてとって、二度ともワイフに目撃された(笑)。
 「喉が痛くてね」
 「寝ぼけているのかと思ったわ」
 今日は、花粉症の目薬をさして、血圧の薬を飲んで、トローチをカバンに放り込んで出社した。
 (もう長いことないな、これじゃ)
 行きにコンビニで郵便を二つ投函し、最短のカントリーロードを突っ走って、余裕しゃくしゃくで製作所に着いた。
 喉は痛くても睡眠は十分だったので、午前中は元気に仕事をした。その勢いで、昼休みに久しぶりに英語の勉強もした。
 午後から会議が連続して、いくらか気が滅入った。
 帰りにはミッシェルに給油し、薬局で鳴海風スペシャル生命維持薬……そんなものあるか?……を購入し、夕食前に帰宅したら、ワイフの注文したポータブルDVDプレイヤーが届いていた。
 夕食後、それでタカラヅカを観始めたら、途中でやめられなくなり、コーヒーを3杯飲んでなくなったのを潮に、書斎へ引き上げた。
 
6月16日(火)「ホーホケキョ・・・の風さん」
 今朝も喉が痛かったが、根性で起床した。今日は電車で出社するのだ。
 電子辞書をカバンから出して、分厚い専門書を代わりに入れた。往復の電車内と昼休みに読むつもりだ。
 暑くも寒くもない田舎道をとぼとぼと歩いて駅まで向かう。鶯が立派に「ホーホケキョ」と鳴くのは、6月だからだ。新入生や新入社員だって、五月病を乗り切れば、もう一人前だ。
 車中でしっかり読書した。
 やることがあり過ぎて、今日も頭はパニックである。とりあえず昨日やろうとして途中で終わってしまったことの続きをやった。
 大野先生から会社へメールが入っていたので、昼休みは席で英語の論文の修正作業をやった。専門家からの回答を吟味したのである。確かに、立派な英語になっていたが、分量がとてつもなく増えていたので、それが頭痛の種だ。
 午後は会議の連続となった。
 夕方から雨が降り出し、少し残業をしてから退社した。傘が必要だった。
 帰りの車中でも専門書を読めたので、今日はいちおう満足としておこう。
 
6月17日(水)「慌しい1日・・・の風さん」
 だんだん夏らしくなってきた。
 ミッシェルで本社へ直行し、いくつかの会議に出席した後、JRで某製作所へ出張した。待ち時間を利用して、英語の文献をちょっと読んだ。
 某製作所でもめまぐるしい行動を続けた。2時間半の滞在時間中に、様々な人と会い、話し、すれ違った(笑)。この次はいつ来れるか分からないので、精一杯の行動である。
 再び、会社バス、JR、ミッシェルを利用して、製作所に戻った。
 シリアスな会議の真っ最中で、現実に戻り、ひたむきに仕事に専念し、やっと退社したときは、もう夜だった。
 帰宅すると、予想通りに「大衆文芸」5・6月合併号が届いていた。20年前の短編小説「うどんげの花」を書き直したものが掲載されているのだ。それを届けるため、3つの手紙を書いて、郵送の準備をしたところで、今夜の雑用は終わった。
 深夜、長女が名古屋から帰ってきたが、私は就寝直前で、牧薩次(辻真先先生のこと)の『完全恋愛』をやっと読み終えた。全く予想もつかないトリックだった。今年、22冊目である。
 寝苦しい夜だった。

6月18日(木)「父の日プレゼント・・・の風さん」
 出社途中で昨夜用意した封書を3通投函した。
 とんでもない田舎道を通って製作所に着いた。道の左右に電信柱のない、まるで山奥を走っているような錯覚にとらわれる、この通勤ルートは楽しい。アップダウンがあり適度なワインディングロードだ。これからこの道を朝晩の通勤ルートに決めた!
 昼休みにサイン本を用意したのと、英語の論文を少し読んだぐらいで、作家としての仕事はそれでよかったが、今日は会議が多く、会社の仕事はあまりはかどらなかった。こういうときは、ストレスがたまる。途中で何度も雷警報が発令されて、うっとうしい日でもあった。
 夜空になる前に退社した。
 帰宅したら、予想通り、注文した文庫が100冊届いていた。前の100冊はほとんどさばいたので、これからは落ち着いて使っていける。文庫なので、使い回しがしやすい。
 長女から父の日のプレゼントということで、PARKERのボールペンをもらった。お金がないのに大盤振る舞いするところは親に似ている。ふだんボロをまとっている鳴海風だが、作家として行動するときぐらいはカッコつけよう(笑)。
 
6月19日(金)「英語を読んでいると女性が来る日・・・の風さん」
 今朝も早起きするだけの余裕がなく、ミッシェルで出社した。どカントリーロード(ド田舎道)は、通勤時間を5分程度短縮できるので、非常に助かる。
 会社の仕事の時間はきわめて高密度に過ぎ去った。
 貴重な昼休み時間は、プライベートタイムである。英語の論文を広げて、せっせと読み進んでいると、来客(女性)があった。新人物文庫のためのオリジナルカードを上げる約束をしていたので、それと一緒に、「大衆文芸」5・6月合併号も上げた。彼女は、拙作をすべて購入し読んでくれている上得意様なのである。
 しばらくして、また来客(女性)があった。先日、賞味期限切れのマ・メールを上げたら、みごとに「おめでとう」の文字が浮かび上がったので、そのお礼に、富士サファリパーク土産を持ってきてくれたのだ。私は行ったことがないが、肉食獣だけでなく草食獣も間近に見れたそうで、なかなか楽しかったらしい。
 そんなことがあっても、何とかキリの良いところまで論文を読んだ。
 ケータイで自宅のメールをチェックしたら、大野先生から「研究費の申請が通った」といううれしいお知らせが入っていた。今年度は信じられないほど貧乏な鳴海風だが、文献代、備品代そして国内学会出張代が確保できた。ラッキー。
 帰宅して、夕食後、明日のゼミの準備をしようと書斎に入ったが、猛烈に疲労が襲ってきて、そのまま床にダウン……。
 
6月20日(土)「ダウンしてもテンカウントは聞かない・・・の風さん」
 体が痛くて、午前3時半ころ目が覚めた。書斎の床の上だった。
 ゆるゆると起き出して、階下へ降り、夜食代わりにパンと牛乳を飲み込んでから、ひとっ風呂浴びた。
 再び書斎に戻って、メールチェックしてみると、シリアスなメールが入っていた。
 気力を振り絞って、学業に着手。10月にドイツで学会発表するので、大学へ奨学金を申請する書類を作成した(昨日確定した研究費では、海外研究活動に使えない)。
 それから、その国際学会のために送ったManuscriptの改訂のための作業に着手した。つまり、専門業者(ネイティブ)が書き直してくれた論文の推敲である。元の論文をはじめ、電子辞書や参考書など文献が多いので、階下のダイニングテーブルに店を広げた。
 朝食後も頑張ったが、また猛烈に眠くなり、今度はリビングのソファでダウン。
 今度は、目覚めたら午前11時近かった。やばい。ゼミに間に合わないぞ。
 焦りまくって、論文をチェックしたが、家を出発する時刻が迫ってしまった。
 3分間で卵かけご飯の昼食を済ませて(ちゃんと歯磨きもして)、自宅を飛び出した。
 暑くも寒くもない陽気で助かった。
 行きの電車の中で、論文のチェックの続きをやり、名古屋に着く寸前に最後までたどり着いた。
 (間に合った〜!)
 ゼミが終わったのが午後5時半である。宿題もたんまりとある。
 とんぼ返りで帰宅した(帰りの車中では、英語の論文の書き方の本を読んだ)。
 執筆は明日にして、今夜は、宿題になっている英語の論文の仕上げを頑張ることにした。
 
6月21日(日)「体力勝負・・・の風さん」
 結局、昨夜は論文に着手すらできなかった。
 それで、今朝は普通に起床して、ひたすら論文の修正に専念した……が、6時間もかかって、ようやく最終チェック用の原稿ができたまで、である。これをネイティブにチェックしてもらうのだが、Reviewerの指摘すべてに対応できたわけでないので、指導教官と最後の詰めが必要だ。
 徐々に体力も戻ってきているので、夕方からトレーニングに出かけた。
 幸い雨も上がっている。
 約1時間20分体を動かすことができた。来年3月の卒業まで、やることが死ぬほどある。そのためには知力よりも体力である。
 雑用がたまっているので、名刺の整理を少しやった。
 しかし、日本語の原稿の執筆がさっぱり進んでいない。これが最大の問題だ。
 
6月22日(月)「梅雨の晴れ間か・・・の風さん」
 朝から梅雨らしい天気……だと思っていたら、どんどん雨脚が強くなって、通勤時、ミッシェルの前照灯をつけ(リトラクタブルなので、まぶたを上げて目をパッチリ開け)、ワイパーを高速モードにし、水煙を上げながら突っ走った。
 出社時点ではあまり会議は詰まっていなかったが、時間とともに会議が入り出し、ほとんど会議の連続のような1日だった。
 それで、疲れてしまい、昼休みは英語の勉強ができず、8月の2回の講演旅行の Itinerary(旅程)を検討していた。今夜帰宅したら、長崎行きの航空券の支払いをネットでしなければならない。超早割で予約していたので。
 少し残業して退社した。午後7時半近かったが、夏至の翌日だけあって、まだ空に明るさがほんのり残っている。雨も上がっていた。
 夕食後、書斎のパソコンを立ち上げたら、メールがわんさと来ていて、今夜の執筆が不可能になってしまった。やれやれ。
 先日のTOEICの結果がネット上で確認できた。ひどかった。次は、秋以降にしか挑戦する余裕はないと思うので、それまで悔しさを発酵させておこう。とにかく、今夜はもう寝よう(^_^;)。

6月23日(火)「英語病・・・の風さん」
 早起きして本社へ直行した。最近けっこう道路が空いているのは、不況のせいか。ミッシェルの中で英語を聴いているが、これがよく分からない。本当に私の脳には英語の回路が欠如しているのか?
 晴れていると、かなり日差しの強さを感じる。
 製作所へ戻る途中で、ゆうちょ銀行の口座を開いた。某社の原稿料振込み先で、先方からの希望だった(経費節減のため、振込み料が30円と安いゆうちょ銀行にしたいのだそうだ)。
 昼休みには英語の勉強を少しした。英語にアレルギーは全くないが、聴こえないものは聴こえない。Readingは比較的得意。
 今日も終日会議が続いた。
 定時後、エイデンに寄って、買い物をした。
 週末にトレーニングをしているせいか、体のキレがいい。ミッシェルのハンドルさばきも滑らかだ。やることが死ぬほどあるが、体力こそ大前提である。
 夕食後、次女にもらった父の日プレゼントの4Dパズルを完成させた。サイが出来上がった。サイは英語でRhinocerosという。おお、英語病だ〜。
 ネイティブにお願いした英語の論文の最終直しがまだ来ない。

6月24日(水)「今夜も執筆に着手できず・・・の風さん」
 今朝も雨がしとしと降っていた。やはり梅雨なんだなあ。昨日は当地は真夏日になったというから、梅雨の中にあっても着実に夏に向かっている。
 少し寝不足でつらかったが、頑張って起きて出社した。
 昼休みに英語の勉強をする余裕もなく1日が過ぎた。
 その間に、英語の論文の修正版が届いていることは把握していた。
 気持ちの上では焦っていたが、残業して、ようやく7時に退社。しかし、まだ外は明るかった。
 夕食後、届いていた修正論文をチェックして、新たに思いついた自分なりの修正を加えて、とりあえず大野先生へ送った。事務局へ送る「コメント」までは、今夜は手がつけられなかった。
 このままでは、明後日にでも、また有休をとってたまっている仕事を処理しなければならない。
 
6月25日(木)「どこまで続く?論文手直し・・・の風さん」
 気温が上昇しても雨の心配はなさそうな日だった。こういう日は電車で通勤するに限る。しかし、仕事に追われている風さんは、早起きするだけの余裕がなかった。電車で出社するためには、通常よりも、少なくとも40分は早起きが必要なのだが、前の晩の就寝が遅くては、その時点で諦めざるを得なかった。定期を持っていて、最大限活用できないのは悲しい。
 最近決まった会社の規則では、階段の上り下りには手すりをつかまるように、ということらしい。事故が相次いでいるので、こういうことになったらしいが、若い人は「ばかばかしい」と思うだろうし、女性の感覚からすれば「誰がさわったか分からないのに、気持ち悪い」と主張したいだろう。老人代表の私だってそう思う。ところが、最近の事故は若い女性ばかりらしく、どーも困ったものだ。
 朝のラジオ体操から1日が始まった。会議が連続し、寝不足でバテバテに加えて、今日も真夏日となり、気温が下がった7時過ぎに退社したが、まだまだ風さんの1日は終わらない。
 夕食後、論文の手直しを再度やり、事務局へ送る「コメント」も作文し、大野先生へチェックのためにメールした時点で、もう日本時間では締め切りの26日になっていた。

6月26日(金)「またまた非常事態宣言・・・の風さん」
 昨夜も遅くまで頑張ったが、思うように進まなかった。
 フラフラでベッドに倒れ込んだので、就寝前のわずかな読書もできず。
 目が覚めたら、ラジオ体操の時間になっていた(もちろん会社の)。やれやれ。
 ほとんど家にいない次女とワイフが出かけ、いるかいないか分からない長男と私だけが家に取り残された。平和な家庭だ(^_^;)。
 大野先生からなかなかメールが来ない。
 昼前に論文の最後の手直しをした。これ以上私にできることはもうないだろう。こんな調子だから、何でも仕事が遅い。しかし、そこそこのレベルでは仕上げていることになる。
 疲れてまたベッドに横になっていたら、階下でシルバーの怪しい鳴き声が……。
 寝室の小窓から覗いてみたら、廊下にう@こをしていた!
 だだだっと階段を下りて行って、シルバーを玄関の土間に下ろし、う@この始末をしてから、さて、とシルバーを抱き上げたら、オ@ッコまでしていた。さらにお尻がべっとりと汚れていたので、浴室へ。シャワーで洗ってやると、大きいう@こがタイルの上を滑るように流れて行った。
 疲労を体にまといながら、面倒だったので、卵かけご飯で昼食を済ませ、再び書斎へ。
 大野先生からメールが来るまで執筆に専念することにした。

6月27日(土)「しばしも休まず作家活動・・・の風さん」
 Final manuscriptの締め切りは現地との時差を考慮すると、日本時間の27日午前7時だったが、ケリをつけたくて午前零時寸前にアップロードを完了した。その後、執筆の続きをやったが、だんだん眠くなり、最後は簡単に風呂に入って、午前4時に寝た。
 そして、6時半に起きて、トールペインティングの仕事で横浜へ行くワイフを、駅まで送った( 偉い!)。
 朝食後、午前10時まで執筆の続きをやって、それから今日のゼミの準備をした。
 今日もまた、余りもので5分間の昼食を終え、駅まで急いで歩いた。曇っていたし、意外と気温も上昇していなくて、楽に電車に乗れた。
 名古屋まで爆睡。
 今日のゼミは、先生も用事があったので、1時間半で切り上げた。
 私はバスで県図書まで行き、1冊の本を返却し、1冊の本を継続手続きした。うーん。なかなか決着のつかない参考文献だなあ。昨日は国会図書館にしかない文献に出くわしてしまい、地元の図書館に問い合わせ中だし。
 名駅で会社の同僚に会い、二人で作家活動をした。先ず、初めて名古屋のジュンク堂書店に行き、新人物文庫を探したが、これがなかなか見つからなかった。でも、何とか見つけ、可愛い子のいるレジで精算した後、「著者ですが、誰かにサイン本を上げたいのですけど」と言ったら、すぐに店長を呼んでくれた。この子はきっと将来店長になるな。
 店長は私のことを知らなかった。
 この同僚と一緒に、ジュンク堂大坂本店でのトークセッションに行くつもりだ。
 珍道中にならねばいいが。
 帰りの電車で、また爆睡。
 
6月28日(日)「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる・・・の風さん」
 昨夜、けっこう早く就寝したにもかかわらず、寝坊してしまった(笑)。情けない。
 とにかくもう時間がないので、ひたすら執筆に専念した。悔しいけれど、トレーニングにも行けなかった。
 ……で、結局、午前零時過ぎに、やっとある程度のところまで到達したので、その原稿を一段落にすることに決めた。
 明日から会社。当然、忙しい。帰宅してから、また別の原稿に取り組むことになるのだが、さてさて、どこまで行けるやら。風さんの目の前には、果てしない荒野が広がっているばかりだ。
 今日のタイトルは、中学校時代に買った参考書に書いてあった、高村光太郎の詩だ。
 何歳になっても受験生みたいな風さんである。

6月29日(月)「今日もダウン・・・の風さん」
 雨がぱらつく中、ミッシェルで出社。寝不足なので不安な1日である。
 とにかく午前中は休まず頑張った。そのせいで、昼食後はダウン。英語の勉強もなーんにもできなかった。
 午後も必死に頑張った。思ったほどできたわけではないが、まあ「よし」とするか。
 夕方、ちょっと席を外して、五大路子さんに電話した。外は豪雨だった。五大さんはすぐ電話に出てくれたが、すごい雑音だった。クルマに乗っているのだという。きっと向こうも豪雨なのだ。それにしてもいつも明るく元気な方だ。先日、こちらから郵便を出してあったので、その確認をしたのだが、圧倒されて終わってしまった(笑)。
 定時後にいくつか書いたメモをまとめて自宅へメールした。こんなメモでも、帰宅してから書いていると、すぐ疲れて寝てしまうから困る。
 ……、ところが、帰宅して、夕食後、書斎に入ったが、何もしないうちに疲れてダウンしてしまった。

6月30日(火)「野村先生の教えは長谷川伸先生の教え・・・の風さん」
 目が覚めたら午前3時だった!
 やばい。何もしていない。
 必死に起き出して、とりあえず風呂に入ってきた。
 そして、やっとパソコンに向かったら、訃報が届いていた。
 新鷹会で最もご指導くださった野村敏雄先生が永眠されたのである。長谷川伸の衣鉢を継ぐ新鷹会に、私はたったの20年しかいないが、しかも長谷川先生を直接知らない孫弟子だが、野村先生こそ、最も長谷川伸先生の後進育成の精神を忠実に貫かれた先生だと思う。
 「小説は気配り」といのが、野村先生の教えてくれたことで、私の小説作法の基本の一つになっている。受けた恩はとても返せない。何とかして後輩に受け継いでいくしかない。
 長谷川伸先生のお言葉の一つ「恩は返すものではなく着るものだ」。そう。だから、後輩にバトンタッチしていくのだ。
 明け方先生のご自宅に電話して、ご長男の方から先生の最後の様子をうかがった。眠るように安らかな最後だったという。見事、としか言いようがない。まだ、通夜や葬儀の日程は決まっていなかったが、私が新鷹会への橋渡しをすることを約束した。
 こうなると、出社してはその務めが果たせない。
 またまた緊急有休をとることにして、終日連絡係をやりながら、その合間に、今日が締め切りだった原稿を仕上げることにした。きっとこれは、野村先生のご遺志に違いない。合掌。
 明日は「長谷川伸の会」。また、東京雨男になりそうだ。泣きの涙の東京雨男じゃないぞ。

09年7月はここ

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